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お父さん兄嫁さんに謝っての冊子の中から抜粋した、その5


14、四十九日は親族が村人をおもてなし。


四十九日(満中陰)は、村人から七日七日に、


丁重なおもてなしを受けた親族や親戚は、


そのお礼を込めて村人をおもてなしして、


いままでの労をねぎらった。


いまでもその名残がある村もあり、


村人の奉仕により弔いが無事に済み、


その日の晩に三日七日のお経も済み、


故人の家で親族が村人の作った精進料理をいただき、


親戚衆はお宿(お足り家)のお隣さんへ行き、


食事をしている村人に、

「この村はいいおもてなしをしているから、
早速に村へ帰ってこの方法を取り入れてみたい」


「故人はいい村に住んでいてうらやましいよね」


「これからも故人に代わって家族を見守ってください」


と、一人ひとりにお礼を言いながら会話やお酌に回って、


村人と故人の家族の絆を結ぶ役目をしていた。


 親族は隣近所の絆を切らないために、


出しゃばらずただひたすら見守ることにしていたが、


今はどこかで絆が切れてしまい。


仏教は四十九日まで、神道は五十日祭まで、


仏壇や御霊舎ではいっさい拝んでいない。


いまでは仏壇や御霊舎の扉を四六時中、


開けたままにして家人が拝んでいるが、


昔は自分の家の仏壇や御霊舎を拝まず、


ご本尊様やご神体が汚れるから


普段は閉めたままにしていて、


村人が共同で拝む時に村の代表者が開けて拝み、


後は閉めていた。





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【2017/07/05 07:38 】

12、近い親族はどうしていたか?


お父さん兄嫁さんに謝っての冊子の中から抜粋した、その3

 

分家でも地類でも身内は、


弔いにいっさい手や口を出してはいけないという


決まりがあった。



 

たとえば、匠師が自分の家を自分で建ててはいけない。


お寺の住職が自分の家族を弔ってはいけない。


庭師が自宅の庭の手入れをしてはいけない。


教師が我が子を教育してはいけない。


医者が我が子の診察をしてはいけない。


駕籠かきはみずからの駕籠に乗れない。


というように他人のお陰を心がけていたからだった。


村のお陰だとか、隣近所のお陰を守り通していたから、


村がすんなり円満にいっていたので、


親族はいっさい手出しをせず、


ただ〔お呼ばれ〕に徹して、


「ありがとう」


と村人にお礼を申し上げるだけだった。


弔いを潤滑にするために男衆は、


それぞれの役目に分担され、


煮炊きの火の番や祭壇を組み立てる者、


また故人を埋葬する墓地を掘り起す者は、


朽ち枯れた墓標を探して掘り埋葬し、


そこから出てくる霊骨を、お寺の納骨堂に納めた。


墓標の「標」という字は、「木編に西と示す」を併せた文字で、


木を西の外れに示すから、


お寺や墓地は村の西に位置していた。


現在のように、


個人の墓を建立するのではなく、


墓標だけにして、朽ち枯れた墓標を探し、


掘っては埋葬を繰り返していたから、


墓地も増えることがなかった。


三河地方では火葬場や墓地を〔さんまい〕と言って、


村が共同で運営し、墓地を増やさない工夫をし、


村の団結心を計っていたのは、


「一個人の徳をさらけ出さず」である。


いまはセレモニー会館などで家族葬が主だから、


村人との付き合いもなく、


人を立てずに墓を建て、姉弟だけが悲しみで集まり、


立場も順序もなく勝手なことを言い合っているから、


遺産相続争いをしているので、


親族はその土地柄のセレモニー会館に


任せることも必要ではないのか


昔は遠い親戚は、訃報を聞きつけても、


やって来るのに何週間もかかった。


いまみたいに新幹線や飛行機や自動車もなく、


歩いてやって来たからで、


それも七日七日をめがけてやって来て、


ようやく辿り着いても、故人にお参りするのでなく、


村人にお礼を申し上げるためにやって来た。

 










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【2017/06/16 08:10 】

11、弔いは故人の親族を村人がもてなした。


お父さん兄嫁さんに謝っての冊子の中から抜粋した、その2


昔は村の誰かが亡くなると、


向こう三軒両隣の村人が協力し合って弔った。


要するに、村人が故人の親族や親戚におもてなしをし、


そのお返しで四十九日に、


故人の親族や親戚が、


向こう三軒両隣の人たちにおもてなしをしたのは、


姉弟ではなく村人と共に暮らし、


「遠い親戚よりも近くの他人」の絆を深めていた。


村人の誰かが亡くなると、


弔いを円滑に運ぶための分担が決まっているから、


すんなり事が運ばれる。


なぜすんなりいくのか? 


それはお逮夜(たいや)という行事があり、


農休みの時期を見計らい年に二回ぐらいあり、


申し合わせた順番の家に夫婦で朝から出向き、


買い出しやお互いが持ち合わせた野菜などを煮炊きし、


和気藹々で昼食を食べ、


その晩に夫婦でお経を唱えていた。


この習慣は村人の誰かがいつ亡くなっても、


故人の親族に粗相のないように訓練していたから、


お隣を借りるからお足り家(おたりや)なのである。


新婚ほやほやの若嫁さんも、


村になじむようにその行事に参加し、


隣近所の老婆から、


「どこの嫁さんだね」


「どこから嫁いできたの?」


「ああ、あそこの嫁さんかね」


と、自分が若嫁だったことを思い出し、


早く村になじむように快く話しかけ、


それぞれの分担の料理のこつなどの手ほどきした。


新前の若嫁さんも年寄りに教えられて、


下準備の手伝いをしながら村になじんでいった。


村が発展するには、招き入れることを心がけたから、


「あの村はいいおもてなしをしてくれた」


「あの村に娘を嫁がせればいいな」


「団結心があっていい村だね」


「故人もきっと喜んでいるわね」


と言うように悪い噂が立たず、


いい評判が出るようにと村人の絆が結ばれていった。



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【2017/06/14 08:02 】

いじめ問題。 その1



よくいじめ問題が放映され、


いじめた側を重点に撲滅させようと


コメンテーターが勝手なことを言っている。


 


冊子(いじめと非行の気づき)でも書いたが、


命の絆の法則から見れば


いじめられた子の親や祖父母が


偽善の罪を犯していたりしていることを


理解せずにコメントをしているのでは


被害者は親や祖父母が加害者だという認識がなく


いじめた方を責めるだけでな何も解決しない。


嫁と義父母とのいざこざも同じこと。


 

いつまで経っても解決しないのは


何か物事を間違った判断で


コメントしていたりしているために何も解決せずに


何度でも同じことを繰り返してしまうのでは







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【2017/02/21 16:08 】

1新書冊子を差し上げます。



ブログを読んでいただきまして


ありがとうございます。


少しは命の絆の法則が理解できたと思います。


いま印刷中の


「親孝行や祀り事や兄妹の付き合いの気づき」


を発注していますので


年末には刷り上がると思いますので、


読んでみたいと思う人は


住所と〒と氏名を書いてもらえば


無料で差しが下ます。


この冊子を読んでもらえば


もっと深く気づくことができると思いますので


鑑定相談メールホォームから送って下さい。


新年1月中には送ることができます。






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【2016/12/15 10:49 】

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