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11、弔いは故人の親族を村人がもてなした。


お父さん兄嫁さんに謝っての冊子の中から抜粋した、その2


昔は村の誰かが亡くなると、


向こう三軒両隣の村人が協力し合って弔った。


要するに、村人が故人の親族や親戚におもてなしをし、


そのお返しで四十九日に、


故人の親族や親戚が、


向こう三軒両隣の人たちにおもてなしをしたのは、


姉弟ではなく村人と共に暮らし、


「遠い親戚よりも近くの他人」の絆を深めていた。


村人の誰かが亡くなると、


弔いを円滑に運ぶための分担が決まっているから、


すんなり事が運ばれる。


なぜすんなりいくのか? 


それはお逮夜(たいや)という行事があり、


農休みの時期を見計らい年に二回ぐらいあり、


申し合わせた順番の家に夫婦で朝から出向き、


買い出しやお互いが持ち合わせた野菜などを煮炊きし、


和気藹々で昼食を食べ、


その晩に夫婦でお経を唱えていた。


この習慣は村人の誰かがいつ亡くなっても、


故人の親族に粗相のないように訓練していたから、


お隣を借りるからお足り家(おたりや)なのである。


新婚ほやほやの若嫁さんも、


村になじむようにその行事に参加し、


隣近所の老婆から、


「どこの嫁さんだね」


「どこから嫁いできたの?」


「ああ、あそこの嫁さんかね」


と、自分が若嫁だったことを思い出し、


早く村になじむように快く話しかけ、


それぞれの分担の料理のこつなどの手ほどきした。


新前の若嫁さんも年寄りに教えられて、


下準備の手伝いをしながら村になじんでいった。


村が発展するには、招き入れることを心がけたから、


「あの村はいいおもてなしをしてくれた」


「あの村に娘を嫁がせればいいな」


「団結心があっていい村だね」


「故人もきっと喜んでいるわね」


と言うように悪い噂が立たず、


いい評判が出るようにと村人の絆が結ばれていった。



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【2017/06/14 08:02 】
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